いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

大丈夫な曲

女性のシンガーを聞くことが多い。とりわけハスキーな歌声を持つ人が好きだ。今はクリスティーナ・アギレラを聴いている。

ディズニー映画「ムーラン」の主題歌「Reflection(リフレクション)」を担当してから20年近く、昨年ディズニープラスで配信公開された実写版に合わせて録った2020バージョンでは、アギレラが「私はここまで歩いてきたんだよ」とたくましく歌っている。連なる山々に語りかけるみたいに、遠くまで届く声には、若干のノイズが含まれていて、それがとてもリアルに感じられる。

鏡を見つめ返してくる私は誰なのか。別の誰かをいつでも演じる必要があるのか、私が導き出す心の中の本来の私とは誰か。実写版のムーランは、それを女性の解放と共に描いていた。権利欲にまみれた男性性をヴィランとして。

アギレラにとってのデビューシングルであった「リフレクション」の再録の機会。それはアギレラが水面を覗き込み、これまでを噛みしめるような体験のようだった(インタビュー読んだ)。

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こうして作られた2020バージョンが聞けないわけがない。より壮大なオーケストレーションになり、ハスの花が浮かぶ小さな庭から、連なる山々を映し出す湖面へとリフレクションの舞台が広がる。曲終盤のロングトーンはこれまでの自分への祝福だろう。実際、インタビューの末尾ではこう発言している。

If she were to look at the mirror and saw the reflection of her teenage self staring back at her, what advice would she give her?

(もし鏡を覗いて最初にリフレクションを歌った10代の自分が見つめ返してきたら、どんなアドバイスをあげる?)

“There were so many things happening at the time. I was so new and green and young and naive to everything,” she recalled in the ET interview.“I would probably just say, ‘Believe in yourself. You got this, girl!’” Christina said.

(当時は多くの物事が起きていた。私は青二才で、幼くて、全てにナイーブだった。鏡の中の自分にはたぶん「自分を信じて」と、声をかけるでしょうね。「あなたなら大丈夫だよ!」って。)

1人のアーティストが自分を振り返りながら再録するのも珍しいし、20年前の自分と今ではどうか、という連想を楽しむことだってできる。シンガーって偉大な存在だ。

ここ数日は、気持ちがふさぎ込んでいた。北の山から帰ってきたら、また別のことをしなくてはならない。土を踏みしめる登山から帰ると、物事が地続きでなくなっているのが気になってしまう。

でも、そういう凝り方固まった有象無象を、この曲は解放してくれる気がする。ムーランが駿馬に乗りながら髪をほどき、なびかせるみたいな気持ちになれる。そう思っておける曲なのだ、これは。助けが欲しいとき、頼りになる曲があるうれしさよ。