「この景色に女の子が入ればグッといいのにね」
「可愛い子いないかなあ」
「子どもが欲しい人。その価値観があう人なら、タイプってことはないんだけど」
30を過ぎるまで、この手の言葉には何度も何度も出くわしてきた。世の中の多くの男性はこの手の会話には聞き馴染みがあると思う。場を盛り上げるための常套句のストックにしている人もいるだろうし、それでいくらかスムーズになる場の雰囲気を体感として知っているだろうし。
そういう会話が国道だとすると、私は側道の端から落っこちて進む会話の背中ばかりを見ている感じだ。マニッシュな会話の応酬にはカラータイマーが点火しちゃう。しかも3分も生きられない。3分経つ前に、「あ、そっち側の人なんだな」とシャッターを下ろしながら、何も救わずにその場を離れたくなる。そして、ちょいとばかり悲しくなる。あ、この人も私と違うのだなと瞬時に感覚する。普通に女の子が好きなんだこの人。いいな、普通で。飛び立ちながら後ろ髪は引かれている。
これまで男性と付き合ったことがあるけれど、私はゲイである自覚はない。
女性と男性、その性を意識するというより、人間に見る雄々しさと女々しさのバランスを好きになる感じが近いのだけど、男性と付き合っていた期間が長かったからなのか、同性に惹かれるという瞬間の方が数としては多いと思う。
けれど、こうしたことを言語にしても共感や納得を生み出すのがむずい。さっきの言葉を放つ人は、こいうアンバランスな人間を想定していないのだ。「え?」とか、「ソッチの人ってこと?」と言われることがあっても、感覚的な探りが入ったことはほとんどない。
だからなのか、(女性の)タイプは?とか彼女いるの?とかそういう会話になるのを予期して身構えてしまうことが多い。
かつ、そうした場面がけっこうめんどくさいので、その都度「優しい人ですかね」とかお茶を濁したり、対峙した人のセクシャルに関わるリテラシーを見極めて(これはけっこう失礼なことだけど実践的に有効だからあまり譲れない)、まあまあとか言って話題を変えたり、バイだとか、パンだとか言ってる。そして、これ自体もそろそろ面倒になってきてる。
今年の春、これまで一緒に遊んでいた同性の友人に告白をしたのだけど、興味がないと振られた。
向こうは普通に女性が好きだった。何度も何度も一緒に出かけたし、お互いの家を行ったり来たりしていたから、好意はあるものだと信じて気持ちを伝えたのだけど、興味がないと返され、それっきりになっている。
その時、悲しかったというより「あ、こっち側には来ないんだ」と冷たく見つめていた自分自身のことを覚えている。定まっていていいなと思った。少なくとも、確定されているようにみえた。僕は女性が好きで、君との恋愛は興味がない。はっきりしてる。
定まっているものを自覚して、その上で行動したり、決めたりしたい。性以外ではそれをやってきたと思うけど、セクシャルだけはどうにもならない。
どっちかを決めろと言われも、それがすごく、無茶なことを言っている気がする。「ええと、他の人は、どうやっているですか?」と聞き返したくなる。
山の日、いつも情報をチェックしている登山関連のアカウントの2つで「山の日に結婚しました」報告をポストしていて、これまたはっきりしていた。
登山を通じて仲良くなり、その時間を積み重ね、山だけでなく人生のパートナーになりました。彼らにとっての始まり。そのポストを見た私にとっては、迷えない人生への終止符に思える。婚姻届の3文字をリングで覆うあれは、そのための儀式。私たちになったことの、はっきりしたことの証。
最近よく観ているYoutubeのクリエーターの人に、えとうさんという方がいて、彼は同性パートナーと共にアメリカに渡り、向こうで結婚したらしい。サンフランシスコで。気になって調べたら、日本人でも、観光客でも性別関係なく、結婚できる、らしい。
パートナーとは10年近く同棲をしていて、その方の仕事の事情でアメリカ駐在が決まり一緒についてきて、結婚。現在は、専業主夫を務め、センスがあまりにすばらしいBGMを背景に、おぱんちゅうさぎへの愛を隠さないおしゃれな部屋作りやらライフスタイルを発信している。
えとうさんの部屋が好きなのは、おぱんちゅうさぎやクレヨンしんちゃんのしんちゃんと、アートブックが同居していること。キャラと空間が同居している。そのバランスがうまいのだ。そう、はっきりしていない。
だから、はっきりしないのを肯定していこうとこの記事を締めくくりたいんだけど、まあそういう話でもない。はっきりしないままで、はっきりさせたい人たちのなかで、明日も生きてくと思うし、そのなかで、はっきりしないんですよねとボソっと吐いてしまった人がいたら、「実はね、私もなんです。難儀ですよね」とかいって盛り上がりたい。スペックやステータスではなく、ままならなさ優先。側道から落っこち続けてきてるんだ。ひとまず今日は、そういう感じでよしとする。