いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

2023-05-01から1ヶ月間の記事一覧

山と未練

標識に反応する。「あ、あの人の名前だ」。 次に何を思い浮かべるかは、その人によって異なる。目の前の少し上を見て思い出を探すことがあれば、助手席に目をやる時もある。ついこの間出くわした時は、後者だった。 宇多田ヒカルの「虹色バス」が好きだとは…

晴れた休みの日

重たそうな雲が晴れ、西陽が駅前にのぞき始めた。 昨年末に貰った茶色のレザーのカバンには、日用品が詰め込まれている。シャンプー、ヘアクリーム、井草を底面にしたスリッパ、蛍光ペンが2本。光が丘駅のスターバックスで、一番大きなラテを飲んでいる。手…

文字は私。

つるっとした画面の上に、滑り込んできたように文字が並ぶ。この背後で働くプログラムは縷々あるのだろうけど、私の目に映るのは平面的なドットの集まりだ。 あ、そうか。文字ではないのだ。文字に見えるもの。書かれた文字ではないのであった。平面。 ペン…

悔しさ

双六山荘に向かうまでの朝焼け 悔しさが生活の半分以上を占めている。新しい仕事。面白みを手繰り寄せれば、手元ではまだ砂のようで、確たるものを実感できない。 飲み込んで糧とするほかなくても、その状況に耐えるのにも苦労がいる。これを「ネガティブ・…

関西弁

新しい靴を買った。 東京に引っ越してくる際に、これまで履いていた靴の大半を処分した。新卒で入った会社の給与で買った靴、いくつもの取材先に履いていったサンダルといった面々を靴箱から取り出し、荷造りをしなかった。 30歳の節目にと、それで新しい靴…

沈む太陽 走る女

山合いに太陽が沈む。車道は蛇行しながら北側に折れ、夕陽を左に流していく。 立ち寄ったPAで、その日誰かが作ったシロツメクサの花輪が、石でできた動物の頭の上に置かれていた。立ち寄るのは久しぶりで、いつの間にかできていたETCの出口で、喫煙所の隣に…

仙ノ倉山にて

寒さでよく眠れなかった体を、暖かいミルクティーで起こしていく。朝4時半、越後湯沢の駐車場。西側の山並みから少し顔を出している雪面にむかって背筋をうんと伸ばす。 仙ノ倉山に登りにきた。日本二百名山で、お隣の谷川岳に比べれば知名度などは劣るだろ…