いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

ほんだしと理想の生き方

私が理想とする私が、実は私以外が造ったものだったことが往々にしてあって、でも結局一時期は、そういう主体を生きてしまったことがあるから、出来合いの他人の理想を、私はあまり躊躇なく受け入れてしまう側面がある。 で、それを一部では辞めようと思うの…

私たちは変温動物かもしれない

うまく言い表せないのだけれど、実家の周りには独特の空気感というのがある。広く県域の北側にあるような気もするけれど、20年近く育った場所とあってか、実家は特別な気がするのだ。 生き物を飼う仕事をしているし、野良猫がやって来ては、何匹かが家猫にな…

家路の消えた図書館

大きな川を過ぎて、緩やかな道を登っていく。ふいに訪れる左への急な坂を上れば、図書館に着く。 おそらく名のある人が建てたんだろうなという造り。700人そこそこが入るホールが併設されていて、屋外から見るとプリンをひっくり返したような円錐台という形…

生きることへの執着

「読んでほしい」という文章を読んだ。 添削してほしいとメッセージには添えられていたけれど、読後、そこまで踏み切る事は叶わなかった。私にそういって寄越した人は、人を亡くしていた。そして文章は、亡くした人に宛てられて書かれていた。 添削するに必…

夜のタラさん

「あなたの申請は却下されました」 画面に映る黒い文字を1分ぐらい、黙って見つめる。 胸で息をしている感じがした。文字の数もさほどだから、周りには余白がたくさんあった。文章の上に、承認者の名前がある。 最寄りの地下鉄の駅のホームのベンチに座って…

私のいいところ

元気なフリをしている人が苦手だ。 あ、この人取り繕ってる。さっきまで仏頂面をしながら仕事してたの知ってるぞ。人と話すときに空元気になるタイプの人。どうしていいかわからんから、とりあえず笑っとく。表の私に笑わせておく。 気を遣ってくれてありが…

水蒸気ひとかたまり

今週のお題「ほろ苦い思い出」 二人で連れ添って、景色を見に行った。6月。東北南部の有名な湿地帯は、この日だけ晴れていた。 登山が趣味だ。大概は一人で登るが、この時は二人だった。それも、好きな人だった。のしのしと前を行くその人の背中を追いかけて…

おもしろい話はできません

昔から、他人を楽しませようとして、話を少しだけ盛る癖がある。そのままを伝えるのが苦手だ。特に、自分自身について。 小学生のころ。給食の配膳に並んでいる時に、話をした。親と出かけた先で起きた出来事にあることないことを付け足して、笑える話にした…

生活のマストを外す

ふと、思う。生活の中に「マスト」が多すぎる。 仕事も含めて、みな当たり前に使う「マスト」。MUST。エムユーエスティ、マスト。英語で習う、命令形というやつ。使命や宣言の意味も帯びる。力強い言葉だ。 ああでも、これ、要らない。私はそういう使命感に…

自分らしさは、不能の距離である

自分らしく、と言われる。 全能であればいいのだろうし、自信を持てればいいのだろうし。20代の中ごろまで、ずっと言われた。「自信を持ってね」。自信がある人は違うなあと思った。 私は自信を身につけてこなかった。それ自体を欲しいと思ったこともなかっ…

城ヶ崎で

見覚えがある景色だった。 背の低い松の木々の間から覗くのは、林でなくて水面。1年半前の中禅寺湖畔で、みた景色だったが、音が違った。 岸辺に打ちつける水の、さーさーとノイズのような不規則な細い音に、時折鈍く低い音が混ざっている。ここは伊豆半島、…

狭間の生活

昼飯に来た。今日の日替わりは焼肉定食。 書いておくのだが、仕事始めのノリを作ることに失敗して、生活のテンションが落ちた。部屋で護摩祈祷を流してみたり(パチパチと火の燃える音入り)、善光寺の線香を炊いて部屋を「寺」のようにしてみたり。精神への直…

「自罰的感情は私を救わない」

スーツケースを引きずるを音がする。まもなく家のゲートを過ぎて、その人の部屋に帰っていくのだろう。 暦の上では、正月はまだ続く。成人の日と合わせて休みをとっている人は、8日までは休むのだろうが、私は明日から仕事が始まる。また1年が始まる。 今年…

人肌ぐらいに

昨日の日記は元旦の夜に投稿していて、だから全日空の事故の件は全く知らなかった。何度もテレビに流れる輪島市の様子に胸を痛めていたら、羽田での一件を知ることになったのだった。 この混迷をどう受け止め、咀嚼すれば良いのかわからないまま、正月休みの…

正直に生きることだ

新年早々の地震のニュースに、気持ちが持って行かれている。それぞれの仕方で「被災」した人々が画面の向こうにいる現実を、あまりうまく飲み込めない。かわいそうだなと独り言を言う前に、Yahoo!基金があったので、少額をそこに寄付をした。 今年は思った…

さもありなん:私的2023年振り返り 2/2

2023年を振り返る。 こういう時に書くものは、大抵雑になる。悲しかったことを書けば、そのほかにたくさんあった喜びが曇る。そういうものだから、これから書くことは全てではないし、書かれなかったことがそのまま私にとって重要でなかったことにはならない…

変わる生活:2023年振り返り 1/2

4階にある編集局のデスクで1人、ラップトップを広げて記事を書いていた。ような記憶がある。実際に何をしていたのかは覚えていない。部屋の南側にあった、局長デスクの真横の応接室。そこの窓から眺める宇都宮が好きで、そういう時に一人、窓を開けて冬の冷…

とんかつ無情

六本木がギラついていた。ヒルズの方は薄暗く、通り沿いのネオンがどぎつい。ミッドタウンの方は、クリスマスが終わっても街路樹に明かりが巻き付いている。そこそこに門松があるのに。どっちに行ってもギラついている。 午後8時と半刻。1時間と少し前に食べ…

理想にだまくらかされないために

理想の生活がある。いや、生活の理想が、ある。 ものは少なく。着るものは最低限に。部屋にあるものはドラム式の洗濯機ぐらい。ミニマムに暮らすと、日々の雑念から自由になれる。それを良しと、心の底から良しと、信じられている人。 持たない生活、ないし…

ぬか床のような人

5年前から、ぬか漬けを始めた。タッパーと、その中にすぐに漬けられるぬか床が入っている商品を買った。それ以降、水っぽくなれば水を抜き、糠を足し、時に干し椎茸だの鰹節だのを投げ入れていった。 ぬか床を手に入れた当時はあまりに安い給与で働いていた…

再び、アボカドトースト

馴染みのパン屋で、カンパーニュを見つけた。 なんていうのか忘れたけれど、あの、木の葉みたいな模様があしらわれた大ぶりのカンパ。550円。持ち上げた軽さから、ぎっしり詰まっている感じはしなかっけれど、家からの散歩にちょうど良いここにカンパーニュ…

削られた山塊

湯沢ICを過ぎた時に、苗場山に登った時を思い出した。今年、ここに来るのは3回目だ。朝5時半を回ったところだったか。今回は日帰り。あれ、前回は、そうだ。プリンスホテルに泊まったのだった。 紅葉の頃の来たいと思っていた、巻機山。ある人はその山域をゾ…

違う道を通って、同じ場所に着きたい

東京の路地裏は、おしなべて別の誰かの生活路だ。私が普段通らない道を歩くのが楽しいのは、その道を歩いて生きる別の自分を想像するから。 このエリアに、この店の近くに、住んでいたらどんな暮らしを送っているのだろうか。建ち並ぶアパートの一室の電気が…

まっすぐな道を行く

東川町をつらぬくメイン通りは、どこまでも伸びて入るようだった。いつぶりかに乗る日産。運転を変わってくれる人は、今回はいない。乾いていてわずかに温度がある風が車内を抜けていく。 出張で札幌に用事があり、休み重ねて旅に出た。旅をする目的に「登山…

夏の終わり

槍ヶ岳に向かう少し手前、集団の中のおばさんに励まされた。「ふぁいとーー!」。 大きな声がして、上を見た。少し前を行く高齢者の登山パーティ。誰かが叫んだかはわからなかった。大きな声は集団を和ませていた。笑いながら、山荘に向かう。 周囲はガスに…

みゆきさんの唄

坂を登っている。夏の始まり。22歳。白いシャツはGUで買ったものだ。札幌駅のどこかのビルに入っていた。左手にある建物に、自分の姿が映っている。惨めに思う。熱い上に体は重い。10年前。ある出版社の採用試験の会場となっていた、ホテルオータニに向かう…

松本にて

大雨の匂いがアスファルトから立ち込めている。20時過ぎの松本駅前。ここを歩くのは初めてのことだった。 仕事に疲れてしまった。具体的に疲れの要因を挙げて行くのは難しいけれど、朝起きるのはだるく、髭を剃ったり顔を洗ったりするまでにするため息が増え…

人のなす黒い円

自分は人のことを好きになる、嫌いになるがあいまいなヤツだと思っていたのだが、案外そうでもないのかも知れない。というか、そう言うことじゃないのかも知れない。 「お?この人面白いな?」が他人に接近する性分であるし、より親密になりたかったり、端的…

うしろから前へ

なんでもない時に、なんでもないことを打ち込む習慣を再び始めたいと思う。地下鉄の掲示にはあと12分で最寄駅に着くとある。この時間。 耳元ではマイリーサイラスのMidnight Skyが流れている。2020年からの私的なヒットソング。スティービー・ニッキーとコラ…

高齢男性を救うグーパン、私を救うハーパンの男 :「インディー・ジョーンズと運命のダイヤル」感想録

風を切りながら練馬の街を走っている。雲が太陽を遮らない日曜日。豊島園にできた新しいハリーポッターのアトラクションを横に流し、目の前の先の坂を登っていく。 気になっていたコーヒー豆の焙煎所。電柱に立てかけるようにして自転車を停め、中に入る。こ…