いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

2023-01-01から1年間の記事一覧

とんかつ無情

六本木がギラついていた。ヒルズの方は薄暗く、通り沿いのネオンがどぎつい。ミッドタウンの方は、クリスマスが終わっても街路樹に明かりが巻き付いている。そこそこに門松があるのに。どっちに行ってもギラついている。 午後8時と半刻。1時間と少し前に食べ…

理想にだまくらかされないために

理想の生活がある。いや、生活の理想が、ある。 ものは少なく。着るものは最低限に。部屋にあるものはドラム式の洗濯機ぐらい。ミニマムに暮らすと、日々の雑念から自由になれる。それを良しと、心の底から良しと、信じられている人。 持たない生活、ないし…

ぬか床のような人

5年前から、ぬか漬けを始めた。タッパーと、その中にすぐに漬けられるぬか床が入っている商品を買った。それ以降、水っぽくなれば水を抜き、糠を足し、時に干し椎茸だの鰹節だのを投げ入れていった。 ぬか床を手に入れた当時はあまりに安い給与で働いていた…

再び、アボカドトースト

馴染みのパン屋で、カンパーニュを見つけた。 なんていうのか忘れたけれど、あの、木の葉みたいな模様があしらわれた大ぶりのカンパ。550円。持ち上げた軽さから、ぎっしり詰まっている感じはしなかっけれど、家からの散歩にちょうど良いここにカンパーニュ…

削られた山塊

湯沢ICを過ぎた時に、苗場山に登った時を思い出した。今年、ここに来るのは3回目だ。朝5時半を回ったところだったか。今回は日帰り。あれ、前回は、そうだ。プリンスホテルに泊まったのだった。 紅葉の頃の来たいと思っていた、巻機山。ある人はその山域をゾ…

違う道を通って、同じ場所に着きたい

東京の路地裏は、おしなべて別の誰かの生活路だ。私が普段通らない道を歩くのが楽しいのは、その道を歩いて生きる別の自分を想像するから。 このエリアに、この店の近くに、住んでいたらどんな暮らしを送っているのだろうか。建ち並ぶアパートの一室の電気が…

まっすぐな道を行く

東川町をつらぬくメイン通りは、どこまでも伸びて入るようだった。いつぶりかに乗る日産。運転を変わってくれる人は、今回はいない。乾いていてわずかに温度がある風が車内を抜けていく。 出張で札幌に用事があり、休み重ねて旅に出た。旅をする目的に「登山…

夏の終わり

槍ヶ岳に向かう少し手前、集団の中のおばさんに励まされた。「ふぁいとーー!」。 大きな声がして、上を見た。少し前を行く高齢者の登山パーティ。誰かが叫んだかはわからなかった。大きな声は集団を和ませていた。笑いながら、山荘に向かう。 周囲はガスに…

みゆきさんの唄

坂を登っている。夏の始まり。22歳。白いシャツはGUで買ったものだ。札幌駅のどこかのビルに入っていた。左手にある建物に、自分の姿が映っている。惨めに思う。熱い上に体は重い。10年前。ある出版社の採用試験の会場となっていた、ホテルオータニに向かう…

松本にて

大雨の匂いがアスファルトから立ち込めている。20時過ぎの松本駅前。ここを歩くのは初めてのことだった。 仕事に疲れてしまった。具体的に疲れの要因を挙げて行くのは難しいけれど、朝起きるのはだるく、髭を剃ったり顔を洗ったりするまでにするため息が増え…

人のなす黒い円

自分は人のことを好きになる、嫌いになるがあいまいなヤツだと思っていたのだが、案外そうでもないのかも知れない。というか、そう言うことじゃないのかも知れない。 「お?この人面白いな?」が他人に接近する性分であるし、より親密になりたかったり、端的…

うしろから前へ

なんでもない時に、なんでもないことを打ち込む習慣を再び始めたいと思う。地下鉄の掲示にはあと12分で最寄駅に着くとある。この時間。 耳元ではマイリーサイラスのMidnight Skyが流れている。2020年からの私的なヒットソング。スティービー・ニッキーとコラ…

高齢男性を救うグーパン、私を救うハーパンの男 :「インディー・ジョーンズと運命のダイヤル」感想録

風を切りながら練馬の街を走っている。雲が太陽を遮らない日曜日。豊島園にできた新しいハリーポッターのアトラクションを横に流し、目の前の先の坂を登っていく。 気になっていたコーヒー豆の焙煎所。電柱に立てかけるようにして自転車を停め、中に入る。こ…

大江戸線のなかで。

やり過ごしていたはずの濃さが息を吹き返した。地下をモグラのように走る大江戸線の中で。この車内の誰もが知らないであろう名前を、ただ私の頭の中で繰り返す。 嫌いでありながら、この上なく好ましいから、私はその人と会えていない。 顔を見て、息遣いを…

山と未練

標識に反応する。「あ、あの人の名前だ」。 次に何を思い浮かべるかは、その人によって異なる。目の前の少し上を見て思い出を探すことがあれば、助手席に目をやる時もある。ついこの間出くわした時は、後者だった。 宇多田ヒカルの「虹色バス」が好きだとは…

晴れた休みの日

重たそうな雲が晴れ、西陽が駅前にのぞき始めた。 昨年末に貰った茶色のレザーのカバンには、日用品が詰め込まれている。シャンプー、ヘアクリーム、井草を底面にしたスリッパ、蛍光ペンが2本。光が丘駅のスターバックスで、一番大きなラテを飲んでいる。手…

文字は私。

つるっとした画面の上に、滑り込んできたように文字が並ぶ。この背後で働くプログラムは縷々あるのだろうけど、私の目に映るのは平面的なドットの集まりだ。 あ、そうか。文字ではないのだ。文字に見えるもの。書かれた文字ではないのであった。平面。 ペン…

悔しさ

双六山荘に向かうまでの朝焼け 悔しさが生活の半分以上を占めている。新しい仕事。面白みを手繰り寄せれば、手元ではまだ砂のようで、確たるものを実感できない。 飲み込んで糧とするほかなくても、その状況に耐えるのにも苦労がいる。これを「ネガティブ・…

関西弁

新しい靴を買った。 東京に引っ越してくる際に、これまで履いていた靴の大半を処分した。新卒で入った会社の給与で買った靴、いくつもの取材先に履いていったサンダルといった面々を靴箱から取り出し、荷造りをしなかった。 30歳の節目にと、それで新しい靴…

沈む太陽 走る女

山合いに太陽が沈む。車道は蛇行しながら北側に折れ、夕陽を左に流していく。 立ち寄ったPAで、その日誰かが作ったシロツメクサの花輪が、石でできた動物の頭の上に置かれていた。立ち寄るのは久しぶりで、いつの間にかできていたETCの出口で、喫煙所の隣に…

仙ノ倉山にて

寒さでよく眠れなかった体を、暖かいミルクティーで起こしていく。朝4時半、越後湯沢の駐車場。西側の山並みから少し顔を出している雪面にむかって背筋をうんと伸ばす。 仙ノ倉山に登りにきた。日本二百名山で、お隣の谷川岳に比べれば知名度などは劣るだろ…

茶臼岳には登らない

何度も見たがれ場を抜けていく。稜線に向かってまっすぐに吹いてくる風を肌で受け止めている。那須の山々。茶臼岳には登らない。 熊見尾根から見る茶臼岳。一度登ったきりで以降はずっと眺めているだけ。 地元では「那須岳」という言い方はしない。茶臼岳と…

公園を駆ける

光が丘公園を走ってきた。7km弱。 就業して初めて、会社に一度も足を運ばずにフルリモートで仕事をした1日だった。この過ごし方をある程度想定して家具なりを揃えたから、仕事は快適だった。好きな音楽をかけて(大抵は自然音を垂れ流している)、好きな飲み…

影のない人

気力が底をついて有楽町で電車を待っていたのが3日前だとは。けっこう回復した。よくやった、自分。 日曜日は山に行こうと思っていたが、鼻風邪が治らなかったから止めた。遅くに起きて、土曜の晩に見つけた新江古田のヘアサロンで髪を切った。いい天気だっ…

玉川上水から初台に抜ける

笹塚にてパンを買いて帰るは新宿への道。耳元には宇多田ヒカル。Play A Love Song。内省を促すアルバムのファーストソングを流しながら、舗装路をマルジェラで行く。 昼。心を十二分に満たしてくれるカレーを食べ、ピュアに真面目に作られたチャイに心を洗わ…

ラーメン

駅前のひなびた商店街の一角で見上げた空に、真っ赤に染まった積乱雲が立ち込めていた。音はしないが稲妻が見える。もうじき雨だと分かる。 確か、ラーメン屋で夕飯を食べていたその帰りだった。そこそこ評価のある店を探した。立体駐車場に停めていた車に戻…

麻布十番の飯屋

パッと入った麻布十番の飯屋は、沖縄料理を出す店だった。狭い店内に8テーブル。それぞれに椅子。座席に対して提供が間に合わなねえだろと思うのは、厨房含め、おばさんが2人だけだから。揚げたり焼いたりする音が同時に聞こえてくる。 隣の人のところに料理…

1R

ワンルームの部屋に住むのが4年ぶりだ。いや、もっと正確には6年ぶりか。江戸川区に住んでいたころ、社会人1年目のころに借りた物件がそうだった。駅徒歩15分の住宅街にある4階建ての3階だった。広いところにも住み、狭いところにも住んだ。 西陽の入ってこ…

東京に戻ってきた

3年半ぶりに、東京に戻ってきた。 引越して2日経つ。密集している中に緑を置いたり、狭いアパートを工夫して住みやすくしたりするのは嫌いではないが、最終出勤日の翌日には39度近い熱が出て力が入らなくなり、バファリンをやや過剰に摂取するハメになった。…

03/14 酔い, 03/15 ひまわり

初めて行くワインバーで、ジュース見たいな赤を飲む。砂肝と菜の花を炒めたやつが出てくる。春は苦味の季節だ。砂肝の弾力と共に噛み締める。髪を短くしたくなる。 送別の品をもらった。かわいい小さじのスプーンと鍋敷。春の野菜を使ってポタージュでも作ろ…