いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

女将

「いやあ〜まじで、今から晩飯作るのダル〜〜〜〜」って時はありませんか。

だいたい水、木曜にこの気持ちに陥ることが多い。事務所の鍵を閉め、家まで歩いて帰り(徒歩出勤です)、自家用車に乗り込んで買い出しついでに仕事先を回るのが日課なで、仕事先を回って運転席に乗り込んだ時、こうなる。いやあ〜まじで(以下略)。

ダルいくせして「じゃあどこで夕飯食ったろか」の検索に取り掛かるのは早い。回転寿司でファスト飯、ラーメン、やよい軒で定食、ほっともっとで節約のり弁、いやいや、家で白飯だけ炊いて惣菜をスーパーで。そう、検索結果が出るのが遅いのだ。

お金と時間、どっちを取るか。明々白々、夕飯を外で済ますなら「時間」だ。家に帰ったら必要最低限のことさえすればいい。だったら時間を優先したい。一件、思いつき車を走らせる。

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店を「でん」という。名前の潔さからして堂々たる店構え、という感じではないのだけれど、要するに洋食屋だ。カントリー風の建物に静かなインストメンタルが流れている、ハンバーグとエビフライ、カニクリームコロッケ、カレー、ビーフシチューなんでもござれの店。

料理がうまいのはさることながら、ここには名物(と勝手に思っている)女将がいる。

一人で入ると「暖かいところがいいわねえ」と、暖房の風が当たる席へ通され、おしぼりとメニューを持ってくるときには「お水はこちらでお願いします」。お願いされました!日替わりだかの立て看板のメニューを雑に見せて、グランドメニューは「(これ、ちゃんとなってるかしらね)」と、こちらが見るまえに、ひょいと中身を確認して渡してくる。

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悪く言うつもりはちゃんちゃら無くて、クスッとしてしまう愛くるしさがある女将だ。

いつも食べているハンバーグとエビフライのセットを頼む。お客は自分だけみたい。厨房からは小気味いい包丁の音が聞こえ出した。女将はといえば、無言でお箸の入ったトレイをテーブルに置き、さらにソースを置いて準備を進める。「お願い」しないんかい。

しばらくして、女将が料理を運んでくる。「こちらでね、お願いします。ハンバーグはお箸の方が食べいいかもしれません。お願いします」。食べ方指定。

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こうした人間味のあるレストランで夕飯を食べるっていうのを久しくやっていなかった。料理を作り終えたら後、テイクアウトの注文が入っていたらしく、女将はせかせかと動き回っている。皿をさげてもらった後、おぼつかない手つきで女将が運んで来た食後のコーヒーを飲みながら、一息ついた。

いつも家ではコーヒーを自分で淹れて飲むんだけれど、人に淹れてもらった奴ってどうしてこう、おいしいんだろう。日常的にコーヒー淹れてもらいてえ〜。

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東京では感染者が過去最多というニュース。栃木でも緊張感が高まっている。飲食店への規制が激しくなるようで、政府の特措法原案には「命令違反業者に50万円の過料」がつくという。

休業の「命令」違反業者に50万円以下の過料 特措法の政府原案が判明 - 毎日新聞

補償はさぞ手厚いんだろう。女将は、「でん」は、新型コロナをどう受け止めているんだろう。

いずれにせよ外出は自粛だけれど、一人ならまたご飯を食べに来ないとならん。店を出たら、東京に住んでる奴が「今から髪切り行く!」と自撮りの画像を送ってよこした。「髪より眉毛を整えた方がいぞ...」とは言わなかったけれど、元気そうでよかった。