いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

早く寝ろ。

誰それの好きなものを「え、あれ、社会的にいい影響あんの?」と決めてかかろうとした時、じっと立ち止まりたいと思う。

社会的に、とは複数の人がそれに対して「そうだよね」と言ってくれる現実に可能性がいくらかでもある場面にこそ当てはまる。簡単にいうと「それが当てはまんの、お前だけだよ」な場面で、「社会的に」は虎の威を借る狐になってしまう。

狐が拝借した虎の威厳が周囲に有利に働ければいいけれど、前述の場面では、虎だと思って借りた威厳にさしたる影響力はない。

他人様の好きなものを「俺はそれ嫌いだね」と言い捨てて唐突に嫌なやつになるならまだしも、どうして「社会的にいい影響がないね」などと、もっともらしい空回り100点の反応しかできないのか。貧しい人間性ダダ漏れだ。加えて以後「社会」と口走るたび、空虚な威厳がつきまってしまうようになる。確実にマイナスです。今すぐやめると誓おう。

ただ「他人様の好きなものにケチをつけたくなってるのか現象」を考えるのは有意義だと思う。なぜなら、そうでもしないとやってられない、目を背けたい何かがあるからだ。あからさまに「私はあなたが嫌いです」とは言えないのに、自分より大きな存在(社会だの文化だの)を頼って、誰か別の人を攻撃するのだから、この私にアンビバレントな心の動きがあって然りだと思うからだ。

筆者に最近そういうことがあった。メインウェーブのいい波乗ってる勢を見て鼻くそほじりながら「しゃらくせえ」の一言を地面にポイ捨てしたはいいけけれど、次の瞬間には自分がその波に乗ってる姿が頭をよぎった。強がりながら泣いている子どもだ。

これはメインウェーブに乗ってる勢に、何事かのやましさを感じている証拠だ。波に乗れない、荒波に揉まれてしおしお、よれよれになることしか知らない自分が、波を乗りこなす感覚を知らない現状が、憎たらしくて仕方ないのだ。

何かをできない状態はストレスだ。そこから脱却するには...と方法を考えたいのに、憎むことに体力を使っている。審査などをすっ飛ばして借りた威厳は信用度が劇低い「社会」で、それはつまり、頭の中にある擬似的な社会、つまりは妄想にすぎない。データや誰かの声、要は自分でない何かがないと、社会は成立しないからだ。

体は重くなるし、胃が荒れる。水を飲まなくちゃならないのに、やたら脂っこいものが、塩辛いものが食べたくなる。香辛料がガンガン効いていて、健康時に食べてくださいねの前置きがない激辛中華料理などをかきこんで、数時間後にへそから下の臓器が全滅する。

こうして気力が下がるとマキシマムトマトのような回復アイテムを求めるようになる。残念ながらアイテム落下の設定は最初からオフられているのに、そんなことは都合よく忘れている。現実がイマジンになる。Let it beでは崩壊する。

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こうしたループから脱却するWords of Wisdomは「早く寝ろ」だ。湯船にお湯を貼り、きき湯のFINE HEATの青いやつをぶっこんで、ラジオを流しながら20分ぐらい湯につかる。あらかじめ部屋を暗くしておき、さっさと寝る。気になる人のTwitterは見ない。TLをチェックしたところで、振り向いてくれるようなアクションが仕掛けられるわけではない。これ重要です。わかりなさい。

ダメだと気づいてしばらく立ち止まり、呆然としていると、周りが停滞しているように見える。自分が成長していない、役に立てていないと思える。崖の上から突き落とされるような感じがする。

でも、落ちていない。止まっていることをまずは確認しないとならない。というか、惰性で動きすぎている。ネガの心情はタフすぎて、いつまでも動ける。

止まる必要がある。さっさと風呂に入ろう。きき湯のFINE HEATの青いやつを買おう。いいか、話はそれからだ。夜11時に寝て、次の日は朝7時に起きる。それが無理なら帰ったら即寝ろ。まずは寝てからだ。寝ても問題は解決もしなければ、深刻にもならないぞ。好きも嫌いも考えるな、まずは寝よう。