いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

友人が入籍した話


Steve & Laura (98)

友達が入籍した。

「連絡を取り合おう」と言っておきながら、しばらく連絡がないような人だった。パートナーがいることも(はっきりとは)知らなかった。というか、なんやかんやいるもんだと思っていた。知り合って10年来。言ってしまうと一時期、思いを寄せていた人だった。

これまで、恋愛関係を打ち明けない人だったのに、突然に結婚を報告してくるのだから「付き合う」と「結婚」には雲泥の差があるのだと知らされた。飲みの席にも出てきたことがない話の影に潜んでいた人が、方方にあいさつをし、手続きを踏むことによって、こうも開けっぴろげに登場するのだ。結婚は、強い。

今年は入籍報告が多く、コロナなのにどないなっとんねんな1年なのだが、折り返してみて、割と一番インパクトがあるニュースだった。まさか、あいつが、結婚とは。

パートナーができた時には報告しなかったくせに(しつこさが滲みでる)いざ役所に婚姻届を出そうものなら、報告してくるとはなー。「人間が知れますね(冷)」みたいな感想だが、そいつがボルト並の短距離走で頭を駆け巡っている。おや、短距離そうなのに、全然終わりませんやん。ボルトが長距離走で勝負して、走れている。早く消え去って欲しいのだが。

高校の時に知り合ったから、ハイティーンを一緒に過ごしてきたような人だった。でも、思い出倉庫を棚卸ししてみたら、どこかに旅行に行った記憶は数回、学生というカテゴリから出てしまって以降は、あまり時間を重ね合わせずに、お互いに人生を歩んでいったらしかった。

とはいえ、甘酸っぱい思い出はいくつもあり、それらを熟成発酵させて液肥のように使い、勉強に打ち込んだこともあった。けど、それらは「結婚」には結びつかない奴らだった。

その決めてを聞かれ、「一緒に過ごして楽しい人、ストレスがないことです(♡)」みたいなことをよく聞くのだけど、こちとら、そういう人が性別に関わらず何人もいるんですけども。両の手に収まる人数だけど、2人で何かしている時が最高だぜっていう人がいるんですけど。なんなの、そういう人って「1人」に収斂していくんですか。世界、不思議発見なんですけど。

一緒に旅行に行ったり、山に登ったり、酒を飲んだりして、心が喜んでいる「I am Here!!」みたいなモーメントを共有できる人たちと、いっそ全員と結婚したい。子どもがどうとかは棚上げしても、法的な保証をそれぞれの関係において得たい、というのが正直なところである。セルフアイデンティティなんて、他者ありきですよ。そんなものは。

結婚式はどうするんだろう。これまでの結婚式は全くそうではなかったんだけれど、思い出の写真で振り返る新郎新婦の思い出MOVIEみたいなやつが流れている時には、トイレで大きいやつしてよう。

これまで参列させてもらった人たちは、その日に至るまでのことをかいつまめていた。今、私はこんな感じなんだよねと、一緒に何かを食べながら人生の情報を交換した。そうなんだねえ、こうなんだよ。この信頼関係があるからこそ、5分ぽっちのおめでたMOVIEで泣けてしまうのだし、食前酒があまりに気分を良くした。

でもあいつは...あ、でも待てよ、じゃあ呼ばれねえなこりゃ。だいたい招待状を贈る人って、そういう交換をきちんとしてきた人だろうから(やっかみ、ひがみではありませんことよ)。

そうだ、ひがんでいる場合ではない。はっきりと人生のルートが分かれてしまった人、これからも生活が重なることなく、かつて重なっていた人が、間違いなくパラレルな人生を送り始めたという事実が、ただ重たい。

ノスタルジーの甘みや渋みを味わう道が封鎖された。その人は前を向いて、人生を締めなおしている。こちとらは、後ろ向きで「閉園」の文字を眺めてどうしようもない顔をして歩いちゃっているわけなので、いつ転ぶかわからない状況だ。危険だ。

いやいやいや、いや、おめでたい。本当に、おめでたいことだ。なにせ、遠距離恋愛を形にしたのだ、並大抵の努力では無理だ。ラブが必要だ。海峡を超えるようなラブが。

ただ、私はおめでたいと声をかける立場にある外野だ。そう、外野になってしまった。そいつはこれから遠くに赴任する計画があり、その前に旅行にでも行こうと声をかけてきたのだけど、なんだかな、旅行には行けなそうかな...みたいなテンションになっている。

人生のベースを共にするパートナーっていうのは、どういうもんなのか。まだそれを知らない。この先、知らないままで過ごすのかもしれない。ああ、山に入って俗世の物事をいろいろ頭の隅のブラックホールに吸ってもらってきたのに、そいつらが居たところに、また別なのが入ってきた。

別なのが暗黒転生する前に、何かの形で祝福をせねば。祝いという形を現世に残さなくては。獲物を狙うジャガーのごとく、両のまなこでタイミングを見計うぞ。そのジャガーがすでに暗黒転生後の姿だったら、それはもう、ごめんなさい。どなたか、私をクリーンな気持ちにさせてくださいませ。