風を切りながら練馬の街を走っている。雲が太陽を遮らない日曜日。豊島園にできた新しいハリーポッターのアトラクションを横に流し、目の前の先の坂を登っていく。
気になっていたコーヒー豆の焙煎所。電柱に立てかけるようにして自転車を停め、中に入る。こだわりを感じる豆のセレクトにあたふたしていると、年下らしい男性スタッフが「お探しでしたよね」と声をかけてくれる。
「いつもイルガチェフェを飲んでいるんですけど、あります?」
「ありますよー。ナチュラルとウォッシュドと、嫌気性発酵のやつがあって...」
父親の堆肥作りの技法の話を聴いていたから、嫌気性発酵がなんたるかは分かっていたのだが、その男性はいかにも「専門用語を使うまい」といった感じで、得に3番目の発酵の違いを説くのに、何度か顔をくしゃっと丸めた。
「ローストはどうしますか?おすすめはシティです」
「んー、たまにミルクと割るので...」
「それではフルシティでやや焙煎深めがおすすめです」
「じゃあそれにしますね」
「飲み頃は100時間経ってからがいいですよ、ガスが抜け切らないんで」
彼は笑ってやりとりを終えた。シフトの終わり間際だったのか、レジ担当の女性にオーダーを伝えると、腰に巻いていたエプロンを外してバックヤードに引っ込んだ。コーヒーに対して一途な感じが、まっすぐで好ましかった。
インディー・ジョーンズの最新作は、ハリソン・フォードの引退作にしては不出来だった。
以下、予告編以上の情報に触れます。スポイルされたくない人はここでさようなら。
妙齢のハリソンをCGで作り出したかと思えば、老体のハリソンに打ち付ける「ムチ」が手痛い。インディーと言えば帽子とムチですよね〜のクローズアップは、つまるところ「これからこの老体にもアクシンデントありますよ〜」の予兆だったんだろうな。
冒険シーンでテンション高めるのはいいとして、以降のシーンが上げた期待値を飛び越えない。お決まりの虫、サラッとしていて見どころなし。アテネに巻きつけられたヘビから「お?お決まりのへびへびのシーンか?」も、文字通り水に流れておしまい。オールドファンを楽しませるためだけの演出を隠さない荒唐無稽さにはもはや脱帽でした。
引退した高齢男性をおちょくる本作のヒロイン、フィービー・ウォーラー=ブリッジ演じるヘレナは、見た目に反して年齢が幼い。フィービーは現在37歳で、声もかなりクールでインテリなトーン。と来れば、お茶目すぎるのもどこかミスマッチ。
マッツ・ミケルセンがお宝に執着する理由も「そんなもんかい」で、いっそ幼児的な執着を抱えた大人を見せてくれたら良かったのに、そうもいかなかった。(彼の悪役はグリンデルワルドもそうだが、執着や依存による悪を表現できないのではないかと思う。印象がスマートすぎる)。
中盤以降、ようやく奇跡的に安寧の地を受け入れようとしたインディーを監督は許さない。偉大なるアルキメデスにようやく会えたのに。序盤、歴史を変えてはいけないってセリフを仕込んでいくべきだったんじゃないかな。講義の中で、学生が
「アルキメデス?彼がいようといまいと、どうでもいい」
「バカを言うんじゃない。歴史には敬意を払いなさい」
みたいな、史実へのこだわりを見せてくれたら良かったんじゃないかしら。歴史が変わる可能性もあるのに、アルキメデスに執着するなら、グーパンも活きたんじゃないでしょうか...?
インディーと言えば人智を超えた存在(魔法や宇宙人など)の荒唐無稽さだと思うのだけど、この映画ではそこが矮小化されてるのも気になる。お助けタイムマシーンを巡る抗争とわかった瞬間、もうテンションがドラえもん。偉大なるアルキメデスさん、まさかの、のび太の発想で時空の裂け目を作っちゃうんだからもう、かわいい!
映画の進行中にネタバレを仕込むのもナンセンスだった。「時計」「プロペラ」。わざわざセリフを噛ませるほどでしたか??え?偉大なるアルキメデスさ〜ん??それで良かったあ?
「アルちゃんのことたくさん研究してきたんだもん。もう直ぐ死んじゃうし、アルちゃんと一緒にいたいよん」のインディーを我に返すのは、若い拳。グーパンチ。
我に帰ったインディー。息子の喪失を抱えながら、かつての妻を再び迎えることになるのだが...。カレンが出演するのは前作もそうだったからしてインパクトはそこそこだし、ラストのイチャイチャは個人的にはトゥーマッチ。
カレンにセリフを与えることで、諦めのつかないしみったれた高齢男性のこの映画における立ち位置を言うことだってできたはずなに、やらない。若いのはアイス食べているから、あとは...みたいな。新聞をぺらっとめくったら、強壮剤の広告で「70代でも夜が楽しいです!」「妻に喜ばれてます。60代男性」みたいなコメントを読んだ時の真顔になる。彼女が冒頭シークエンス後まもなく冷蔵庫に貼り付けられているのをみて「I have a bad feeling about this」でしたわって話です。
リメイクだの、カムバックだのをやらないとこの夏は乗り切れないんですか?と暗澹たる気持ちを洗い流してくれたのが、さっきのコーヒー屋さんの男だった。高齢男性が抱くしみったれと喪失なんてどこ吹く風、それこそ紀元前にしかなくね?っていうアーバンな爽快さを纏った彼に、私はすっかり心を掴まれてしまったわけでした。
100時間が経たないので、まだコーヒーはお預け。来週はスパイダーマンをちゃんと観よう。