いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

うしろから前へ

なんでもない時に、なんでもないことを打ち込む習慣を再び始めたいと思う。地下鉄の掲示にはあと12分で最寄駅に着くとある。この時間。 耳元ではマイリーサイラスのMidnight Skyが流れている。2020年からの私的なヒットソング。スティービー・ニッキーとコラ…

高齢男性を救うグーパン、私を救うハーパンの男 :「インディー・ジョーンズと運命のダイヤル」感想録

風を切りながら練馬の街を走っている。雲が太陽を遮らない日曜日。豊島園にできた新しいハリーポッターのアトラクションを横に流し、目の前の先の坂を登っていく。 気になっていたコーヒー豆の焙煎所。電柱に立てかけるようにして自転車を停め、中に入る。こ…

大江戸線のなかで。

やり過ごしていたはずの濃さが息を吹き返した。地下をモグラのように走る大江戸線の中で。この車内の誰もが知らないであろう名前を、ただ私の頭の中で繰り返す。 嫌いでありながら、この上なく好ましいから、私はその人と会えていない。 顔を見て、息遣いを…

山と未練

標識に反応する。「あ、あの人の名前だ」。 次に何を思い浮かべるかは、その人によって異なる。目の前の少し上を見て思い出を探すことがあれば、助手席に目をやる時もある。ついこの間出くわした時は、後者だった。 宇多田ヒカルの「虹色バス」が好きだとは…

晴れた休みの日

重たそうな雲が晴れ、西陽が駅前にのぞき始めた。 昨年末に貰った茶色のレザーのカバンには、日用品が詰め込まれている。シャンプー、ヘアクリーム、井草を底面にしたスリッパ、蛍光ペンが2本。光が丘駅のスターバックスで、一番大きなラテを飲んでいる。手…

文字は私。

つるっとした画面の上に、滑り込んできたように文字が並ぶ。この背後で働くプログラムは縷々あるのだろうけど、私の目に映るのは平面的なドットの集まりだ。 あ、そうか。文字ではないのだ。文字に見えるもの。書かれた文字ではないのであった。平面。 ペン…

悔しさ

双六山荘に向かうまでの朝焼け 悔しさが生活の半分以上を占めている。新しい仕事。面白みを手繰り寄せれば、手元ではまだ砂のようで、確たるものを実感できない。 飲み込んで糧とするほかなくても、その状況に耐えるのにも苦労がいる。これを「ネガティブ・…

関西弁

新しい靴を買った。 東京に引っ越してくる際に、これまで履いていた靴の大半を処分した。新卒で入った会社の給与で買った靴、いくつもの取材先に履いていったサンダルといった面々を靴箱から取り出し、荷造りをしなかった。 30歳の節目にと、それで新しい靴…

沈む太陽 走る女

山合いに太陽が沈む。車道は蛇行しながら北側に折れ、夕陽を左に流していく。 立ち寄ったPAで、その日誰かが作ったシロツメクサの花輪が、石でできた動物の頭の上に置かれていた。立ち寄るのは久しぶりで、いつの間にかできていたETCの出口で、喫煙所の隣に…

仙ノ倉山にて

寒さでよく眠れなかった体を、暖かいミルクティーで起こしていく。朝4時半、越後湯沢の駐車場。西側の山並みから少し顔を出している雪面にむかって背筋をうんと伸ばす。 仙ノ倉山に登りにきた。日本二百名山で、お隣の谷川岳に比べれば知名度などは劣るだろ…

茶臼岳には登らない

何度も見たがれ場を抜けていく。稜線に向かってまっすぐに吹いてくる風を肌で受け止めている。那須の山々。茶臼岳には登らない。 熊見尾根から見る茶臼岳。一度登ったきりで以降はずっと眺めているだけ。 地元では「那須岳」という言い方はしない。茶臼岳と…

公園を駆ける

光が丘公園を走ってきた。7km弱。 就業して初めて、会社に一度も足を運ばずにフルリモートで仕事をした1日だった。この過ごし方をある程度想定して家具なりを揃えたから、仕事は快適だった。好きな音楽をかけて(大抵は自然音を垂れ流している)、好きな飲み…

影のない人

気力が底をついて有楽町で電車を待っていたのが3日前だとは。けっこう回復した。よくやった、自分。 日曜日は山に行こうと思っていたが、鼻風邪が治らなかったから止めた。遅くに起きて、土曜の晩に見つけた新江古田のヘアサロンで髪を切った。いい天気だっ…

玉川上水から初台に抜ける

笹塚にてパンを買いて帰るは新宿への道。耳元には宇多田ヒカル。Play A Love Song。内省を促すアルバムのファーストソングを流しながら、舗装路をマルジェラで行く。 昼。心を十二分に満たしてくれるカレーを食べ、ピュアに真面目に作られたチャイに心を洗わ…

ラーメン

駅前のひなびた商店街の一角で見上げた空に、真っ赤に染まった積乱雲が立ち込めていた。音はしないが稲妻が見える。もうじき雨だと分かる。 確か、ラーメン屋で夕飯を食べていたその帰りだった。そこそこ評価のある店を探した。立体駐車場に停めていた車に戻…

麻布十番の飯屋

パッと入った麻布十番の飯屋は、沖縄料理を出す店だった。狭い店内に8テーブル。それぞれに椅子。座席に対して提供が間に合わなねえだろと思うのは、厨房含め、おばさんが2人だけだから。揚げたり焼いたりする音が同時に聞こえてくる。 隣の人のところに料理…

1R

ワンルームの部屋に住むのが4年ぶりだ。いや、もっと正確には6年ぶりか。江戸川区に住んでいたころ、社会人1年目のころに借りた物件がそうだった。駅徒歩15分の住宅街にある4階建ての3階だった。広いところにも住み、狭いところにも住んだ。 西陽の入ってこ…

東京に戻ってきた

3年半ぶりに、東京に戻ってきた。 引越して2日経つ。密集している中に緑を置いたり、狭いアパートを工夫して住みやすくしたりするのは嫌いではないが、最終出勤日の翌日には39度近い熱が出て力が入らなくなり、バファリンをやや過剰に摂取するハメになった。…

03/14 酔い, 03/15 ひまわり

初めて行くワインバーで、ジュース見たいな赤を飲む。砂肝と菜の花を炒めたやつが出てくる。春は苦味の季節だ。砂肝の弾力と共に噛み締める。髪を短くしたくなる。 送別の品をもらった。かわいい小さじのスプーンと鍋敷。春の野菜を使ってポタージュでも作ろ…

03/12 ガスト, 03/13 濃厚タンメン

よろしくお願いしますで電波が途絶え、ネットに入れなくなった。休みの社内は平時にも訪れてほしい静けさがあり、ネット越しに取材するにはちょうど良かった。システム系の担当者が前触れなくメンテナンスを始め、ちょうど良くも何もない状態になった。 連絡…

03/10 粗ごし梅酒ロック, 03/11 The Show.

梅酒のロックを頼む。好んで果実酒のロックを飲んでたヤツの顔を思い浮かべる。この席にはいない。何かにつけて梅酒を飲むやつは。 ラスト1週間があっという間に過ぎ、ここの職員でいることもできなくなる。これまでの休日を美化して過ごす。会社の問題点を…

03/09 小麦との付き合い方

最後の泊まり業務を終えて、車に乗り込む時にふと思いつく。「パン屋でガーリックフィセルを買ってやろ」。 細い道を抜けた先にあるショーケースタイプのパン屋。両手で持ってかじりつくのがちょうど良いサイズのハードパン。あとクロワッサンをはっきりめの…

03/08 水分不足

コーヒーを飲みすぎている。会社に来たらマグカップに一杯。カフェインが効いてくるのを感じながらメールを返す。まもなくお昼。食後に飲む。夕暮れ。また一杯。 いつも春に肌がカサつくのが嫌だ。カフェインの摂りすぎで水分が足りない。分かってる。おいし…

短い旅

引き波 正午を少し過ぎてしまったのを後悔したけれど、結果的にはあまり大差がなかった。数年ぶりに来た大洗は、以前よりも車が少ないように感じた。 目当ての店は海沿いにあった。坂道の途中にある大洗磯前神社の駐車場に車を置き、潮風を浴びながら坂道を…

仕事と生活

「仕事と生活はどう切り替えていますか?」 「仕事と生活をなるべく近づけたいと思ったりしますか?」 これ、以前に比べてすっかり考えなくなった。仕事と生活。質問の答えは、端的にはノーだと思う。 以前は、切り替えていたのかもしれない。「休日にやるこ…

動くものと美しさ

「動物と美について」。有機物に宿る美しさとは。男性/女性の美。社会通念が美の感覚に与える影響とは何か。後世に人物画が残る理由は? 美しさとは何かという問いに、最もしっくり来る答えが「生命力」なんじゃないかと思う。この人が、この物が、生きてい…

大切なもの

「人生において大切なものは何でしょうか」。 SNSでブログに書く話題をゆるりと募っている。届いていた話題のうち、寄せられた質問。私の人生で大切なもの。昨年、そうなったものがある。自作したビアマグについて書く。 昨年6月、都内にある陶芸教室で、古…

老いる

「老い」と共に生きていくしかない。諦めのような感覚で正月を迎えた。 決定的だったと今になって思うのが、昨年秋、祖母が他界したことだ。ばあちゃんはゆっくり老いていった。孫の名前を時々忘れたまに思い出すのを、その割合を少しずつ逆転させながら生き…

買い物が下手

買い物が下手だ。なんでこうも上手くならないのかと自問する年の瀬なのが悔しい。 この文章は新しいロジクールのキーボードを叩いて書いている。品番はK855、なんとまあ打ちやすいことか。「メカニカル・キーボード」なんて仕組みを知らないけれど、カタカタ…

アボカド・トースト

風呂を沸かしながら、文章を書いている。年末だ。スーパーやドラッグストアではクリスマスソングがあっという間に「こがらし」になったし、元旦の営業はしませんよとのアナウンスが流れるようになった。年の瀬。今年が終わっていく。 長谷川潤がただアボカド…