いちじしのぎ

生活から一時凌ぎで逃げては文章を書き、また生活に戻る人間の悲喜交交。あるいは、人生の逃避先「山」にまつわる話。

ものの整理

物を捨てるのが苦手だった。 何かしらの理由で家に招き入れた物たちを、まだ使えるのに手放してしまうのに、どこまでも続くような後ろめたさがあった。普段は大して思いもしないくせに、いざ捨てるとなると「ああ、これはあそこで買ったんだっけな」なんて感…

唐沢山へ

日曜日は晴れの予報だったから、前日に山様の服を用意して寝た。すっきり晴れたはいいものの、このところの寝坊癖が取れずに、出発はお昼直前になってしまった。 目指した山は唐沢山。佐野市にある低山で、山頂には藤原秀郷が居を構えた謂れがあり、神社が立…

幻想の終わり

魔法が呪いに転じ、その呪いを解くのに必要なのは「LOVE POWER」。愛は記憶の木々に実り、育んだ者や必要な者が触れると輝く。呪いにむしまばれていく人を助けたいと願う人に力を与え、渦中にある人の元へ向かわせる。 DISENCHANTED。邦題は「魔法にかけられ…

浮かない顔

11月17日。晴れ。 気の進まない事柄が多くて毒されそうになったけれども、きちんと家に帰ってシチューを作ることができた。喝采。 集団的に士気が下がるのが苦手で、浮かない顔をしているやつは全員どこかに行ってしまいなさいとでも言いたい。とはいっても…

ツリー

11月16日。晴れ。 どこに行っても大きなクリスマスツリーを見るようになった。毎年感じるのはハロウィーンの装飾から切り替わるそつなさと、子どもの頃から楽しみだった季節になるなという感慨。取材で入ったホテルのロビーにも中央に大きな1本があって、華…

11月15日。雨のち曇り。 13日に観たブラックパンサーが頭から離れない日だった。仕事が終わって家に帰り、湯船に浸かりながら予告編を見返してみても、色褪せないどころか、むしろその完成度の高さに一層目を見張った。次の週末にIMAXシアターで2回目を観る…

川崎にて。

「もうね、家族になってるの。恋人って感じはなくて」。運ばれてきたばかりの生ビールで喉を潤してから、その人は言った。 どぶくさい匂いが遠くの方から漂ってくるJR川崎駅。入る店を迷ってたどりついたイタ飯屋の席には、サラミとチーズの盛り合わせ、オ…

山に在る日の幸い

命を終える時、あらゆる山の記憶を噛み締めて「本当に豊かな人生だった」と最期の一息をつきたい。山は楽しい場所であると同時に、命をたたむ準備を少しずつ進めるための場所になっている。 山で大切な人を亡くした人と、やり取りを続けている。故人の話を聞…

山形への旅/FINAL 「湯殿山」

舐めるとかなりしょっぱい温泉は、高濃度で「入浴は5分までにしてください」とのこと。大きな窓を開けて外気を入れ、1日のことを考えた。朝8時前。三川町の田んぼの中にある宿泊施設の小さな浴槽に浸かり、眠気を溶かしていく。 ミニッツメイドのグレープフ…

山形への旅/DAY.3「月山」

下山時にわずかな晴れ間がのぞき、嗚咽がもれた。 昨夜のうちに旅館の仲居さんに頼んでおいたお弁当には、おにぎりが二つ、蕗味噌のシソ巻き、昆布の佃煮、柴漬けが添えられていた。 こじんまりとまとめられた姿がかわいらしく、雨が止むまで、部屋に戻って…

山形への旅/DAY.2「羽黒山」

出羽三山神社に続く道。 旅館の夕食から戻ってきた。料金はカード決済していたから、出るときでなくてもいいはず。明日朝、出発前にもう一度確認しよう。 2日目。羽黒山に登った。出羽三山神社が山頂に鎮座していて、ここに来れば、月山と湯殿山にいかずとも…

山形への旅/DAY.1

ホテルから見た空。宮城では雨が大変だったようだ。 自然水を沸かした風呂に入り、撮った写真を現像した。新しくはないホテルはツインルーム。片方のベッドに荷物を置いている。ソファベッドもあるから、最大で3人まで入れる。そこそこ広い。東側に朝日連峰…

にくらしさ

カレーとホットサンド、ミネストローネの3つしかないメニューからしばし迷ってカレーを選ぶ。「いつもありがとうございます」。水を運んで来た人が、今日初めてそう言った。雨の日に来ることが多い。それも金曜に。 常連さんがチョコシフォンケーキと深煎り…

山形へ

白神山地のブナ林。けっこう雨が降っていたのに、そんなに雨粒が落ちてこないの不思議だった。 ズッキーニを輪切りにして、熱しておいた小鍋に入れる。オリーブオイルを敷いて表面に色がつくまで炒める。けっこう前にIKEAで買っておいたエプロンをして。油が…

本を読めなくなっていた話

これは去年の春。家の近くの川沿いで。 ここ1年ぐらいの間、本を読めなくなっていたのが、最近ようやく読めるようになってきた。また読めるようになった、戻ったと言った感覚とは違くて、別の意味で言葉を追えるようになった感覚がある。 書いたものを誰かに…

ベースの思考が「山行きたい」になってしまった話

結構なことだと思うんだが、仕事中も重要なことをやってる時間以外はほぼ「山」のことを考えるようになってしまった。 なんという変化か。10年前に大学生になったばかりの自分には想像に及ぶ訳が無い世界が待っていた。19歳の自分はその1年後に読書の楽しみ…

山の最終目標は「生きて帰ってくる」という話

「鶏つけそばでーす」。折りたたまれたように盛り付けられた太麺の上に、淡紅色のチャーシューが2枚乗っていた。 11月の最終週になっても、実家の猫は帰ってこないらしかった。母の誕生日に合わせて防寒用の作業着を送ったのだが「受け取った」の連絡がなか…

長野と山梨に登山遠征した話

南アルプスの諸相。隔世の感を生み出すのには十分だった 一定期間故郷を離れるのが久しぶりで、胸の高鳴りが止まなかった。複数のSAで車を止め、暖かい飲み物を求めて自販機にコインを入れ込むときに実感する。熱すぎてすぐには飲めない抹茶ラテとかの熱を手…

下山後の数日

山から帰ってきた後、生活がなんだか浮いているような感じがある。 毎回そうなのだが、帰ってからの数日が足元がふわふわしている。翌日から筋肉痛だのは引いていくのに、糸の切れた凧みたいな感じと言えばいいのか、落ち着かない。 そんな時に仕事のことを…

いのちのおわりの話

ある日、東京堂で海に浮かぶ花輪の写真と目があった。『エンド・オブ・ライフ』。穏やかそうな海のカバー写真。佐々涼子さんの新刊だった。久しぶりの東京遠征で荷物が増えてしまうのを厭わずに、いやむしろ本の場合はそれは喜ばしいことだから、一冊の本を…

結婚なされた

速報のニュースが飛び込んできたと思ったら、嵐の櫻井くんと相葉くんが結婚したというやつだった。お相手は「一般女性」だという。Twitterのトレンドにもなっていて、速報が流れるテレビ画面から、おめでたい空気が社内にも広がっていった。結婚。つい2ヶ月…

山と鹿

対向車線の路肩で、鹿1匹が倒れて死んでいた。 小柄だったから、たぶんメス。おそらく車と正面からぶつかった。血や臓器が飛び散っているのではなかった。ただ、こちらに頭を向けて、横たわっていた。 鹿の鳴き声が甲高いというのを、登山を始めてから知っ…

登山しはじまったけど

1月。初詣のついでにと、自宅にあった動きやすい服装をして、筑波山に登ってから約半年が過ぎた。 ペースもクソも気にかけずに登ったら、あまりにしんどくて「こんなの趣味にするやつ変態か何かだわ」と悪態が止まらなかった初登山から、約半年。今度は「8月…

ジョーカー

観る前と、観た後とでは、何かが違ってしまっている映画というのがあるけれど、「ジョーカー」は間違いなくその1本になる。 信頼しているレビュワーさんが「ただの劇薬」と言い放っていた。「とても危険」とも。公開は2019年の秋で、当時はニューヨーク市内…

地方移住とは「山」である

新型コロナで地方移住への関心が高まっているという。1年半前に関心を高めた当方は「はあ?1年後もちゃんと同じサンプルで継続調査しろよな?」と思ってしまう。 テレワークやら脱オフィスやらで、働く場所を選ばなくなった人たちが、都会の喧騒から抜け出し…

アド・アストラ

映画「アド・アストラ」を観た。モノローグが多い映画だった。公開前に言われていた「アクション大作」はミスリード。主人公ロイを演じるブラピが、著名な宇宙飛行士で父のクリフォード(宇宙人ジョーンズことトミー・リー・ジョーンズ)を探しに行くという…

しんみりしない

帰っている時間が楽しいときが、ずっと記憶に残っている。 「また」と別れて背中を見送り、近くの駐車場から、その人が乗り込んだであろう電車を見送って、近くの自販機で適当な飲み物を買う。 車の中に入って、出先が知らない場所であれば、ナビを「自宅」…

ディズニーと失い

昨年末に配信サービスのDisney+で公開されたピクサー映画「ソウルフル・ワールド」のワンシーン。街路樹の楓の種が、ひらひらと舞いながら主人公の手の中に音もなく落ちてくる。人生のワンシーンの重なりが、後に「Sparkle」となり、「いやあ人生の意味なん…

地元の風景

地元が変わっていく。あの家に住んでいる女の子は、もうとっくに結婚したらしい。子どもがいて、週末だけ帰ってくるんだって。 中高生のころによく行っていたガストは取り壊され、更地になっていた。大学生になった後も、中学の友人たちとご飯を食べた。家族…

受け取り方

日々、言葉を書き、読んでもらう営みを繰り返して、お金をもらっている。以前、お金については信頼が形を帯びたようなものだと本で書かれているのを読み、ああなるほど、と思ったこともある。 言葉というのも信用で、読んでもらい、それを字義通りに受け取っ…